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街の雑踏に入り乱れる酷薄な現実…『クロッシング』をザックリとレビュー

ドライ過ぎるドラマとスクリーンの冷たい質感にフラフラする犯罪映画の隠れた名作

多くの子供を抱え、喘息で苦しむ妻を支えようとするも、金銭的な余裕が全く無いマトリ捜査官のサル(イーサン・ホーク)。長引く潜入捜査で妻とも疎遠になり、自らも自棄に陥ってるタンゴ(ドン・チードル)。警官にも関わらず犯罪を避け続け、七日後には定年を迎える予定のエディ(リチャード・ギア)。

彼らが身を置くブルックリン。公営団地が立ち並ぶ猥雑な住宅街。警官による強盗殺人事件。決して交わる事の無い男達。見慣れた犯罪の日常。

そして、ギャングの幹部キャズ(ウェズリー・スナイプス)の出所。男達の運命は狂い始める。

オススメ強度:★★★★

本作はかつてトレイニング・デイを手掛けたフークア監督が、豪華ながらもややクセモノなキャスト陣と共に再び挑んだ、犯罪映画の隠れた力作。他人との絆や自分のエゴ、流儀を前にした男たちが、警官という地位を捨てて容易く正義の向こう側に突き進んでしまう無常さを、ブルックリンを舞台に乾ききった質感で描いている。

トレイニング・デイでもそうだったが、シニカルでドライな空気感は本作でもやはり健在。登場人物のバックボーン、劇中で描かれるドラマ、演出やスクリーンの色味など、通常の刑事ドラマでありがちな要素が一切排除された描写も、相当毒々しくニヒル極まりない。

暗く黒い街並みの雑踏ににじんで溶ける、男たちの過酷なジレンマ

登場人物はそこそこ多いが、スクリーンはテレビのチャンネルを次々と切り替えるようにパッパッと矢継ぎ早にドラマを展開。フィクションではあるものの、とにかく淡々とした描写はどこかドキュメンタリー調な雰囲気だ。 

このザッピングを繰り返すような構成に対し、「もっと丁寧に描写しろ!!」という声もあるかもだが、そこが想像力を働かせる遊びでもあり、本作の泣き所でもある。 

前述した通り、刑事物の王道は一切含まれていない。サルやタンゴを画面の中心として映すなら、ブツの押収であったり潜入捜査中の様子を、もっとスタイリッシュで華やかに描く所だろう。しかし、本作では誰もかれもが泥臭く、息苦しい生活を強いられている。コレ観てから刑事物の海外ドラマを眺めると、その温度差に唖然となる。

警官達の交錯を描いた群像劇と言えば「L.A.コンフィデンシャル(L.A.confidential '97 米)」が大変著名だが、嵐の後の夜明けに一応のケジメを見たL.A.とは真逆で、ブルックリンの夜はより一層暗く、重苦しい。この映画は誰に視点をフォーカスするかで、登場人物の印象も様変わりしてくる。

家族を思うあまり、一線を既に越え、次第に物狂いと成り果てて行くサル。

そして、潜入中に捜査対象カサノバとの間に育まれた絆を選ぶか、それとも自らのキャリアを選択するかで激しく揺れるタンゴ。 

その二人とは対照的に、くたびれ果てて心折れてるエディ。彼とバディを組む新人警官たちとのドラマも、鑑賞中はそうなるとは思わず観ていてショックだった。 

中盤に至るまで、エディはただお巡りの服着てるオッサンといった風で娼婦シャンテルとの逢瀬の最中も「もっとゆっくりやって...」とぼやいたり、寝起きのロシアン・ルーレットも、実はシリンダーは空のままという文字通りの玉無し野郎だ。彼の本音は「未公開シーン」にて語られている。

演者であるリチャード・ギアにとっては思わぬ新境地だったろう。彼のファンで本作未視聴の方は、ある意味必見の一本かもしれない。

脚本担当のマイケル・C・マーティンは新進気鋭のクリエイターで、ブルックリン大学で学んだ後、運送業者として働いていたそうな。 NY東部育ちで貧民区は身近な環境だったらしく、当時の情景や現在の貧民区を取り巻く世相を、巧みにプロットへ落とし込んでいる。

膨大な情報量の脚本を手堅く緻密にまとめ上げたのは、御存じアントワーン・フークア監督。監督が手掛けたトレイニング・デイでは、飽くまで善を信じる新任捜査官ジェイク・ホイトが、思いがけず巨悪と邂逅する邪悪なドラマだったが、本作のサル、クラレンス、エディがそれぞれ立たされた状況は、いずれホイトが街との闘争の後に辿り着く成れの果てのようにも思える。 

街に繰り出す警官は、犯罪に汚染された住宅街の中で次第に精神を擦り減らし、誰も彼もが暗く沈んだ顔だ。三人の男達が公営団地の路地で交錯する時、歪んだ正義の末路が、容赦無く暴かれる事になる。

フークア監督がこれまで描いて来たように人々の狂気やエゴ、視点が複雑に入り乱れる濃密なドラマだ。生々しい描写が多く万人受けしないし、視聴後はどっと疲れるだろうが、間違い無く犯罪ドラマの隠れた秀作と言える。彼らが日常に追いやられ、ただ孤独にもがき続ける姿にきっと貴方も共感する事だろう。

サルとその家族、そしてロニー(ブライアン・F・オバーン)との会話は、とにかく悲しくて胸が張り裂けるようだった。

直接的な関係こそ無いが、是非トレイニング・デイも合わせてオススメしたい。